Quantum Molecular Science: Theory and Simulations

研究の背景・概要

身のまわりの物質は無数の原子核と電子から成る.これらの粒子の運動がミクロの量子力学に支配されていることを我々は知っているが,身近なマクロの自然現象との関連についてはしばしば理解が乏しい.ミクロの原理とマクロの現象の間には大きなギャップがあり,両者が結びつくカラクリを筋道立てて理解する必要がある.原子核と電子の集団は,クーロン相互作用等を通して互いに複雑に絡みあいながら運動する.この絡み合い運動は多様な自然現象を生みだすと同時に,物質科学の難問として立ちはだかる.したがって我々のひとつの目標はこの絡み合い運動と正対しながら,一般性の高い概念と本質をついたモデルで多彩な現象を読み解くことにある.等しく原子核と電子の集団でありながら物質と生命はなぜ違っていて,フラスコを振るとなぜ化学反応が起き,機能性材料はいかにして機能を発現するのだろうか.物理学と化学,生物学は今日ますます結びつきを深め,理論研究は横串的な立場から多粒子系の混沌とした振る舞いを理解する方法を提案する

  フレキシブルな量子状態(電子・核波動関数)の変化がマクロな物性・機能を生みだす物質が近年分野をまたいで注目されている.例えばサブナノスケールの分子素子や強相関電子材料,生体中の種々の機能分子が代表的である.これらの量子状態変化は絡み合いの量子力学的な側面がマクロな世界に顔をだしている点で興味深く,また込み入ってもいる.複雑な構造や電子状態直観的理解をさまたげ,ときに秩序や法則性がないようにすら見える.当研究室では分子レベルの量子理論を応用・発展させて,有機・無機・高分子・生体分子等の量子状態変化に関する機構理解と新たな視座の創出を目指している.理論・実験を問わず,国内外の研究者と共同研究を推進している.

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有機 強相関電子系の量子ゆらぎ

強相関電子系の微視的動態の理解を目指している.共鳴 Hartree-Fock 理論は格子の量子ゆらぎと電子相関のバランス良い記述を可能にし,電子状態と格子構造のキャラクターが異なる相の間の転移やドメイン構造をつぶさに捉えられる.

 

渡邉侑子さん,富田憲一 先生との研究

Phys. Rev. B 100, 205205 (2019).

有機 半導体ポリマーの構造ゆらぎ

P3HT に置換基を導入すると太陽電池 P3HT:PCBM の変換効率が変わる.速報では,これまで直観的に議論されてきた P3HT の構造ゆらぎと置換基の関連について,エネルギー分割法に基づく見通しのよい理解を達成した.ミクロの構造・相互作用とマクロの物性の結びつきを明らかにすべく研究を進めている.

 

田中仙君 先生,松本浩一 先生,中尾嘉秀 先生との研究

Chem. Phys. Lett. 687, 60 (2017).
RSC Adv. 7, 46874 (2017).

有機 リチウム内包フラーレン結晶の柔軟な電子・核波動関数

ナノ細孔に閉じ込められた軽元素の並進運動には量子性が現れる.リチウム内包フラーレン Li+@C60 は,C60 の構造歪みや周囲のイオンが内包 Li+ の量子的運動を劇的に変える物質として注目されているが,そのメカニズムは不明瞭であった.独自の核波動関数計算プログラムを開発し,エネルギー分割法を核波動関数へ拡張することで,Li+@C60 結晶における Li+ 核波動関数の(非)局在化と安定化の起源を初めて突きとめた.

 

中尾嘉秀 先生との研究

Phys. Chem. Chem. Phys., 25, 8446 (2023).
Phys. Chem. Chem. Phys., 23, 9785 (2021).

生体 DNA 修復の時間分解分光

生体分子は構造や電子状態が複雑かつ柔軟な分子系の典型であり,実験の分光スペクトルの解釈がしばしば難しい.量子化学と分光理論をくみあわせ,当時メカニズムが論争中であった生体分子の超高速反応ダイナミクスを時々刻々追跡する時間分解分光スペクトルを提案した.

 

Prof. Shaul Mukamel のもとでの研究

Structural Dynamics 3, 023601 (2016).
J. Chem. Phys. 142, 024115 (2015).
J. Am. Chem. Soc. 136, 14801 (2014).

 

Reprinted with permission from J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 42, 14801-14810. Copyright 2014 American Chemical Society.

有機・無機ハイブリッド 多孔性配位高分子の物性制御

多孔性配位高分子は多彩な構造・機能をもち,磁性をもたない分子やイオンの吸着が高分子全体の磁性を変えるなど,ミクロの相互作用のわずかな変化がマクロな物性の顕著な変化につながる.このミクロとマクロの繊細な結びつき(協同効果等)の全貌解明を目指している.

 

山田昇 君,津本海 君(現 東京大学),伊藤暖 君(現 NIMS),石﨑学 先生,栗原正人 先生らとの研究

J. Phys. Chem. A 126, 6814 (2022).
J. Mater. Chem. A 7, 4777 (2019).

 

大場正昭 先生,北川進 先生らとの研究

J. Am. Chem. Soc. 134, 5083 (2012).
Chem. Phys. Lett. 511, 399 (2011).
Angew. Chem. Int. Ed. 48, 4767 (2009).

 

Copyright Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA. Reproduced with permission. Bidirectional Chemo-Switching of Spin State in a Microporous Framework, M. Ohba, K. Yoneda, G. Agustí, M. C. Muñoz, A. B. Gaspar, J. A. Real, M. Yamasaki, H. Ando, Y. Nakao, S. Sakaki, S. Kitagawa, Angew. Chem. Int. Ed. 48, 4767-4771 (2009).

無機 第一遷移金属錯体の光物理

光励起した遷移金属錯体はしばしば超高速で失活し,沢山の励起状態を経ることから失活過程の実験的解明が難しい.またその失活機構は錯体によってまちまちにすら見え,明瞭な規則性があるのか明らかでない.高精度電子相関理論や量子動力学に基づき,多数の電子励起状態とその間のフェムト秒オーダーの失活機構について理解をひきだしてきた.

 

榊茂好 先生,佐藤啓文 先生,中尾嘉秀 先生,井内哲 先生との研究

Chem. Phys. Lett. 535, 177 (2012).
Dalton Trans. 39, 1836 (2010).
J. Phys. Chem. A 111, 5515 (2007).